三行提報が飛躍をもたらす

2000年の出来事で、雪印乳業大阪工場で製造された「雪印低脂肪乳」を飲んだ子供が嘔吐や下痢などの症状を訴えました。そして、市内の病院から保健所に食中毒の疑いが通報されました。

大阪工場の責任者にも食中毒の情報が入っていましたが、曖昧な返事で応じようとしませんでした。 老子は「いかなる難事も容易な事から生じ、いかなる大事も些細な事から始まる。」と言っています。 経営において大切なことは変化を見逃さないこと、そして、できる限り早く手を打つことです。

そうした変化の兆し、サインは常に小さなことから始まります。誰もが気づく大きなことを声高く叫ぶだけではなく、小さなことの中から人や組織の抱える本質的な問題に気づいて小さなうちに対応できるかどうかが問われています。

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バーコードプリンターなどのメーカーで東証1部上場のサトーは「ハンドラベラー」を発明し、製造販売が軌道に乗り始めた頃、日本中で労働争議が起った。
その波はサトーにも押し寄せてきた。創業者は必死で会社を守ってきたが、「労働者の敵だ」という抗議にさらされた。

  創業者は「もう会社を畳もう」と・・・・  そんな時、「ハンドラベラーがないと困る。サトーさんが作らないのなら自分たちで工場へ行って作るよ。」と、取引先の代理店の方々が押し寄せてきた。

「サトーはお客様にとって必要なんだ。自分の一存で潰してはいけない。」と創業者は考えを新たにした。会社は社会の公器だという発想が芽生えた。

廃業の危機に経営理念が誕生

 制定された「あくなき創造」というサトーの社是は、常に変化していこう、社会に求められ必要とされる存在でいようという意味が込められている。

「三行提報」の仕組み

 サトーのしくみの中でユニークなのは、「三行提報」である。 全社員が、「現場で耳にした情報」「オフィスの改善案」「新製品開発へのヒント」などを三行にまとめて、毎日、会長・社長あてに提出しなくてはならない。三行にまとめて報告するから「三行提報」と呼ばれている。

ストライキを経験した創業者が「日頃から社員の声をきちんと聞いていればストは起きないだろう」という反省から、1976年に始めた。 『三行提報』は、社内のパソコンに入力して提出する。全社員から集まった提案は、まず、データベースに蓄積され、毎日その中から選別された約50通が、会長・社長に転送される。

さらに、その「三行提報」の中で、会長・社長から担当部署に直接指示があり重要と判断されたもの、全社員で情報共有すべきと判断されたものについては、社内のポータルサイトに提案者の名前つきで掲示される。

会長・社長に転送されない提報でも各々の部門に役立つ提案は、各部門の「ナレッジリーダー」と呼ばれる「三行提報」の評価者に回され、提案や情報の評価が行なわれる。

回付されなかった三行提報でも、自動的に、製品別、分野別などに分類されデータベースに登録されている上、各提案をキーワードで検索できるので、全社員が気軽にアクセスし、改善へのきっかけを見出すツールにもなっている。

たとえば、平成16年、消費税の総額表示の義務付けのとき、三行提報の情報がきっかけで、社長からハンドラベラーの消費税総額表示特需に対する早期対応の指示が出された。
いうまでもなく、ハンドラベラーは買い換え需要が中心の成熟商品だ。ところが、総額表示に対応するために、多くの小売店が買い足したり、総額表示をしやすいタイプの機械に買い換えたりした。

同社では、「ハンドラベラーの納期が遅れ気味だ」という営業担当者からの三行提報によって、総額表示の導入によるものだと察知して増産体制を整えた。 それに対して、ライバル会社は、いずれも増産体制を整えていなかったので、ピーク時には、たちまち在庫が底をつき、結果として、同社がより多くの需要に応えることができたという。

神は細部に宿る

元社長の藤田氏は下記のコメントを残している。

・ 改善された成果ももちろん大事だが、また三行提報が書けると、社員たちが変化を喜んでくれる。
・ 「自分の提案を基に制度が導入されてよかった」「自分の意見を聞いてもらえてうれしい」という感想もたくさんもらえる。
・ 三行提報のネタにもなる「変化」を、社員たちは喜んでくれる。そうすると「何か変化を起こしてあげないといけない」という気持ちが、読む側の経営者にも生まれる。
・ 強迫観念みたいに、「変えない」と「変える」という2つの選択肢があると、どうしても変える方を選びたくなる。
・ そういったどこかひねって別のものにしたい、「変えたい」という気持ちは強くなる。

同社のすごいところは、毎日全社員が30年以上にもわたり、実践し続けていることである。もっとも、優れたシステムをつくっても、社員がその気にならなければ稼働しない。 そこで、同社では、その提案や情報の重みに応じてポイントがつくシステムになっている。

ポイントは賞与に反映するし、表彰の対象にもなる。 表彰されれば、報奨金や記念品がもらえる。 表彰は個人のみならず、チームの表彰も行なわれる。営業部、総務部といった部門別にチームを設け、社員は必ずどこかのチームに属している。

チーム内では個人の成果の合計がチームの合計になり、それが、また、ポイントや表彰の対象になる。つまりチームを組む事で連帯責任が伴う。 これが、提報を書き始めた社員や、提出が遅れぎみの社員に対しても、チーム意識を高める仕組みとなっている。
三行提報には、たとえ新入社員でも、経営トップに対して、会社に変化をもたらす提言を行なう機会が均等に与えられている。その事が、社員一人一人の自覚を刺激するに違いない。 ところで、多くの企業が、現場の情報を素早く経営に反映させようと努力をしているが、実際は、大半の企業がうまくいっていない。

それは、「社員とトップのコミュニケーション」「提案を具体化させるトップの強力なリーダーシップ」のどちらかが欠けているだめだろう。トップが本気になれば、社員も本気になる。同社を見れば、それがよく分かる。 このしくみで緊張感を一番強いられるのは、提案と報告を毎日全社員から送られるトップである。

常に耳の痛い話を強制的に聞かされる。 「今そこにある危機」を無視するわけにいかない。三行提報の効用は、社員たちが当事者意識をもって物事を見るようになるだけでなく、経営者が現場の生の情報に毎日触れることで、判断と変化と行動を常に迫られることである。

また、通常経営者と一般社員の間で、社員に情報や方針を伝達する立場の管理職にとっては、現場の生の情報が自分たちを通さずに毎日トップに上がっていくので、うかうかしていられない。 会社を動かすのは、手法ではない。

人が動かす手法は、あくまでもツールに過ぎない。三行提報に見られる精神を理解しないと有効に生かすことはできない。

参考文献:「たった三行で会社はかわる」 著者 藤田東久夫 ダイヤモンド社

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