販売目標を捨てる

大抵の会社では経営戦略をベースにした経営計画が作られています。その経営計画と言われているものは、本当は「業績目標(売上高、粗利益、営業利益等の目標)」としなければないのですが、なぜか、どこでも「売上計画、粗利益計画、営業利益計画」と表現されています。

その売上計画は、月に割り振られ、営業支社、営業課の担当の個人にブレークダウンされています。 ただし、売上は、商品戦略と営業(販売)の結果です。その売上は、顧客の購買で決まります。企業側は、経費や人員を計画化できます。 しかし、顧客の購買の結果である売上、粗利益、営業利益を計画し、その数値だけで営業方法を規定することは大きな問題となります。

◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆

ユニ・チャームペットケアは2002年度に減益赤字と落ち込みがひどく、会社の存続すら危ぶまれるまでに事態は深刻化しました。支店長たちは、トップダウンによる月次の販売目標を達成することに必死でした。

そうして支店長が月次目標に執着すればするほど、営業社員たちはどんなことをしてでも販売目標を達成しようと躍起になります。 そのため、営業は卸業者に出荷した段階で売上げを計上できるので、月末になると販売目標に足りない分を一気に出荷して売上数字の帳尻を合わせ、翌月の会議ではとりあえず販売目標に到達したことを報告して問題を先送りする、という負のサイクルが回り始めるのです。

月末のいわゆる押し込み営業が常態化していたのです。 そのためにはまず、営業が立ち直り、全員が正しい行動をとれるようにしなければなりません。事業の立て直しとは「破壊と創造」を行うことですが、破壊の第一歩として営業の販売(数値)目標をなくすことにし、売上ノルマによるマネジメントはいっさい行わないと決めました。 そして、営業社員を前にこう宣言しました。

行動を変えれば意識が変わる

営業が販売目標を持たないということは、売上げの数字を捨てるのと同じです。それでどうやって営業のマネジメントを行うのかと思われるでしょう。 答えは「行動」です。業績の悪化した事業はみんなそうですが、事業立て直しも、営業社員たちの自己革新なくしては考えられませんでした。

やるべきことは、彼らが、自己革新のステップの第一歩を踏み出せるようにすることだったのです。 従来、自己革新のステップは、意識革新→行動革新→能力革新→習慣革新、というステップで進むと考えられてきました。 すなわち、意識が変われば行動が変わり、行動が変われば能力が変わり、能力が変われば習慣が変わる。習慣が変わることで、以前の自分とは異なる仕事のやり方が普通にできるようになるのです。

しかし、意識革新からスタートするこのステップでは、最初のハードルが高すぎて、現実にはなかなか成功しないと考えています。そもそも、そんなに簡単に意識を革新できるのであれば、問題が深刻化する前に何らかの手を打てるはずです。 当時のユニ・チャームペットケア社の状況もそうでした。意識革新ができなくて、にっちもさっちもいかなくなっていたのです。

では、どうするか。意識革新の前に「行動革新」のステップを置き、行動を変えることからスタートする手法です。これが成功のコツであり、すべての始まりです。 つまり、 行動革新→意識革新→能力革新→習慣革新、という流れで自己革新を促すのです。この考え方にのっとって、営業社員たちに、まずは行動を変えてもらう施策を打ち出しました。

そもそも結果は強制して出るものではありませんが、行動は強制することが可能です。スポーツを例にとって説明しましょう。野球チームの監督が選手に「3割バッターになれ」と言っても、だれもがなれるわけではありません。 しかし、「毎日100回素振りをしろ」と言えば、当人のスキルや能力に関係なく、意志さえあればだれでもできます。

この場合の、「3割打て」は営業でいえば販売目標。それに対して、「毎日100回素振りをする」というのが行動目標です。 全員が毎日100回素振りという行動を愚直に続ければ、個人の能力もチームカも必ず上がっていき、いずれは3割バッターの選手が生まれるかもしれません。数字ではなく行動を目標に置くとは、このような意味です。 「行動革新」のために、営業社員を週単位の行動、つまり商談の訪問先と訪問回数で管理する仕組みをつくりました。このときから支店長の仕事は、「売ってこい」ではなく、「会ってこい」と言って部下を送り出すことに変わったのです。

結果は問わない、と本気で言い続ける

売上げを詰めるのではなく、行動を詰める以上は、社長をはじめ支店長全員が腹の底から、本当に「無理をしてまで売る必要はない」と思い、またそれを口にし続けなければなりません。これが何よりも重要です。

二神社長は営業社員の前では売上数字を気にかけているような素振りをいっさいしないことを、自らに厳しく課しました。 同様に全国の支店長にも、部下の前で数字について言及することを厳しく禁じました。 支店長以下営業社員たちがどの程度私の方針を信じ、意図を理解してくれていただろうかと、いまでも当時の様子を振り返ることがあります。

彼らの戸惑いは大きかったはずです。売れなくても本当に責められることはないのかという疑念、方針転換によるマイナスをいったいどうやって埋めていくのだろうかという不安……。みんなそれぞれに胸の内は複雑であったろうと思います。とニ神社長は回想しています。 しかし結論からいえば、だれ一人としてあきらめることも、投げ出すことも、逃げ出すこともしませんでした。

このような経験から、二神社長は、「行動」が非常に重要であり、「行動」こそが結果としての業績に反映されるものであることを学びました。 スピード重視も、結果より行動重視も、その実現の原動力はコミュニケーションであると思います。わが社のこのコミュニケーションカの高さこそ、競争優位性であると思います。 営業に必要なのは、高い販売目標ではなく、高い行動目標なのです。

営業の責任とは、卸業者さんと一緒になって、小売店の売り場をどれだけ確保できるか、小売店が消費者向けに発行するチラシのなかのスペースをどれだけ押さえることができるか、そのために喜ばれる企画やキャンペーンをいかにタイミングよく打てるか、ということに尽きます。 そのとき、マーケティング部門から毎週提供される旬の情報が、何より役に立つのです。

ただ、そうした営業活動を定量的に把握したり、相対的に比較したりするのは容易なことではありません。そこで、訪問頻度など行動の指標をつくり、それによって行動目標を立て、具体的な行動計画を練るという体系的な仕組みをつくっていきました。 その仕組みは創業後10年目から導入したSAPS経営です。

概要は 「行動の計画(Schedule)」→「行動計画の実行(Action)」→「効果測定(Performance)」→「反省し次の行動計画(Schedule)」というPDCのプロセスです。 要約すれば、 社員の行動の方法(戦略=原因)→業績(売上・利益・生産性)→結果となります。 行動計画をマネジメントすれば必然的に成果がでます。

卸売業の販売(=営業)では、 担当する顧客の顕在ニーズ/潜在ニーズを分析し、ニーズに合うと思える提案を準備し、訪問計画を立て、アポイントをとって、訪問して提案することが仕事です。

「もしドラ」の主人公の女子高生マネージャーように、まず顧客のことを考え、顧客に感動を与えることがマーケティングであることを理解し、顧客の創造に一生懸命取り組んでいるかどうかが大切です。 どうしたら売れるかを考える前に、どうしたら顧客が喜んでくれるのかを問う必要があるということです。

参考文献:「ユニ・チャームSAPS経営の原点」 著者 ユニ・チャームペットケア社長 二神軍平

 ◆ エッセーの目次へ戻る ◆ 
 ◆ トップページへ戻る ◆