思索するアスリートは意味のある習慣を持つ

我々はいい成果を得るため、つい安易な方法を探し、速く結果を出すことを求めている。 何か新しいことの成果を生むためには、継続した努力が必要です。そういった努力を行い、うまくいかないときは、ついつい結果ばかりを重視し、その過程がある意味、適当で、たまたま運良くうまくいった場合にも、それを評価してしまいがちになる。

しかし、結果ばかり評価するやり方は、同じ試みをして再び成功する確率が低い、つまり再現性が乏しいのです。過程を重視していると、結果がたまたま出なくても、担当者のモチベーションは保てる。無理に一発ホームランを狙わなくなり、コツコツとヒットが生まれ、最後には素晴らし成果が生まれる。

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イチロー選手が発する「言葉の深さ」は一流の水準にあります。彼は適切で鋭い表現や語彙を用いながら、深い思考の中から生まれてきた言葉を的確に語れる数少ない人間のひとりです。

たとえば、「スランプのように見える絶好調もあれば絶好調のように見えるスランプもある」「練習は裏切らないと言いますが、練習が裏切ることもある」「ボールを寸分の狂いもなく芯に当てたいからこそ細いバットを使う」「バッターには積極的に打とうと思う体と、我慢する体の両方がいります」といった含蓄に富んだ、しかも彼特有のスパイスが効いた切れ味の鋭いコメント。

そうした言葉の多くが物事の本質をとらえ、技術論がそのまま人生論や生き方論にも通じていくような深みをもっています。そのため、彼のコメントはときに哲学的な陰影さえ帯び、聞く者に知的な刺激を与えずにはおきません。 イチロー選手の言葉が野球やスポーツの枠を超えて、ビジネスの世界や人生の場面にも応用できる奥行きと広がりを有しているのは、まさにそのためです。

それは、彼の言葉には豊かな経験と実感、深い思索と哲学が反映されている葛藤があるからです。トップクラスの競技者として経てきた様々な苦しみや葛藤、喜びや楽しみ、緊張や重圧、非難や賞賛。それらからもたらされた、たくさんの複雑な感情や思考。 それらがイチローという鋭敏で思慮深い「樽」の中でじっくりと醸成され、あるときエッセンスとして一滴、二滴と外へこぼれ出てくる。

彼の言葉が熟成したワインに似て、よく研ぎ澄まされ、また味わい深いのはそのためなのです。 ドラッガーは「成功する人には必ず、その人ならではの思考方法や行動原則があり、そこから導き出された仕事や生活上の決まりや習慣があります。あらゆる成功には、それをすれば必ず成功するというわけではないが、それなくしては絶対に成功はおぼつかないという必要条件、すなわち成功習慣があるのです。」と述べている。

なぜイチロー選手は首位打者への執着が「薄い」のか 人を成功に導くのも、破綻に追い込むのも、いずれも日ごろの習慣にかかっている。彼の成功は彼の天才がなしえたものではなく、イチローの習慣がなしえたものです。成功や成長に必要な条件がただ毎日の習慣にあるとすれば、イチローほどの才能には恵まれない凡才の私たちにも成功は十分に可能なはずです。

たとえばイチロー選手は、人との競争に勝つことよりも「パーソナルベスト(最高の自分)を目指す」ことに最重点を置く思考習慣を身につけています。 彼の思考法で不思議に思えることのひとつは、首位打者のタイトルに驚くほど執着が薄いです。 しかし、イチロー選手が打率で人をしのぐという相対的な価値よりも、自分のヒット数を増やすという絶対的価値を重視していると考えれば、それもよくうなずけます。

首位打者争いはライバルの成績によって左右されますが、シーズン200安打以上というのは純粋に自分と投手のあいだの勝負、あるいは自分自身との勝負です。 彼は仕事で成功するため思考習慣として、人との戦いではなく、自分との戦いに勝利することを最優先しているのです。

「ちっともおもしろくないこと」ほどくり返せ

また、イチロー選手は「平凡な努力を非凡に重ねる」ことの天才です。彼は意外なことに、地味でつまらない、平凡で単調な作業を少しも手抜きせずに行える習慣を揺るぎなく確立しています。 私たちが毎日行っている仕事の多くは地味で苦しい作業から出来上がっています。

仕事で「やらなければならない」ことは、たいてい私たちが「やりたくない」ことなのです。 しかし、その「したくはないが、しなければならないこと」を決して怠ることなく、ていねい着実に実行しなければ、仕事で大きな果実を得ることは不可能です。 現在の教育制度に問題があるのか、最近、新入社員が与えられた仕事がつまらないとのことで、2、3年の内にやめていくケースが増えています。

日本人のヒーローであるイチロー選手の含蓄深い言葉の意味が悩んでいる若者に届いてほしいものです。 このイチロー選手自身も、彼の仕事にとっていちばん大事なはずのバットスイングの練習について、「ちっともおもしろくない」と突き放すように述べています。

けれども、それをしなければ自分の仕事ができなくなってしまうから、つまりヒットを打つのが難しくなってしまうから、彼はバットスイングの練習を人の数倍も魂を込めて行うことができると言います。

グラウンドで縦横無尽の活躍を見せるイチロー選手には俊敏なヒョウのようなイメージがありますが、グラウンド上で俊敏なヒョウであるためには、グラウンド外の練習や生活において、アリのように地味で苦しい作業の気が遠くなるような積み重ねが必要になってきます。 イチロー選手は、そのアリの努力の大切さを経験則から知り抜いていて、それを怠ることなく自分に課すことができるのです。実は、彼の真のすごみはそこにあります。

小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道

小さなこと、苦しいこと、嫌なことであっても、それが成果を上げるのに不可欠なことなら、1ミリも手を抜くことなく、誰よりも心を込めて一生懸命行える。 したがって、彼は特別な努力をしているから特別な存在になれたのではありません。誰にもできる平凡な努力を、誰にも負けない非凡さで実践してきたことが天才イチローをつくったのです。

ドラッガーは成果をあげることは一つの習慣である。習慣的な能力の集積である。そして習慣的な能力は、常に習得に努めることができる。習慣的な能力は単純である。あきれるほどに単純である。と述べています。 成功は「能力」ではなく「習慣」によって導かれる もちろんイチローも人間ですから、不調に悩むこともあります。

その揺るぎない堅固な習慣が、彼の好調を長く維持するとともに、不調を短く終わらせる最大の要因となっているのです。 イチロー選手のすばらしい能力の根っこにあって、それを形成してきたものは彼の習慣です。彼の力や技量の原点、本質は習慣にあります。

つまり、私たちが仕事で成果を上げられるかどうかは、能力の問題よりも習慣の問題にかかっているのです。成功する能力を得たかったら、まず成功する習慣を身につけることから始めなければなりません。

参考文献:「イチローの成功習慣に学ぶ」 著者 児玉光雄 サンマーク出版

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