ビジネスは心の時代へ

売上予算を達成するため、予算実績対比の数値だけで社員を鼓舞すると、数字を達成のみが「喜び」となってしまい、仕事本来の喜びを従業員から奪いかねません。

仕事や勉強、あるいは趣味の世界において、何かに没頭した経験は誰にでもあるでしょう。無我夢中でひとつのことにのめりこんでいるときには、報酬や見返りよりも、没頭している状態そのものが何より楽しく、充実しています。そして、短期間でめきめき腕があがり、成果が出たりします。

 心理学者でシカゴ大学教授のハイ・チクセントミハイ氏は、このような心の状況を「フロー」と名付け、研究しています。この、生産性が高く幸福感に満ちた集中状態をうまく利用すれば、個人の成長はもちろんのこと、組織を活性化することも可能になります。よって、組織では社員がフローになれる環境を設けることが経営の重要な課題になっています。

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ストレスとパフォーマンスの深い関係

昨今はモノが売れない時代、不確実性の時代といわれ、企業が良い結果を出すのは容易ではありません。がんばって走り回ったり、アイディアを絞り出したりしても、なかなか結果につながらないことも多いです。

先のことは誰にもわからないのに、売上目標やノルマというかたちで未来を無理やり決めてしまえば、必ずストレスが生まれます。ストレスやプレッシャーがかかると、本来の能力を100%発揮することができません。結果を求めることがストレスを生み、パフォーマンスを下げ、それが更なるプレッシャーを生む。そんな悪循環に陥ります。

結果重視という苦難

たとえばこういうことだ。月初めのミーティングの席で、課長がおもむろに言った。 「今月の我が課のノルマが、先ほど本社から通知されました」 「今月の我が課の目標は、前月比200%です」 「みんな、大変なのはわかっているけれど、腹をくくってがんばっていきましょう」そう、精一杯の傲を飛ばした。 そうとうしんどいことになることを承知で、大変だけど耐えてしのんでがんばろうと言うだけしかないのだから、理不尽な話です。

人はどうしても、見えるもの、わかりやすいものに気をとられがちです。仕事の場合も同様で、努力や工夫といったプロセスは目に見えづらいのに対し、結果は数値化されるため、誰が見ても明らかです。 しかし、結果ばかりに気をとられていると、本質を見抜くことができません。たとえば、予算の達成に苦戦しているとき、単に気が緩んで怠慢になっているのか、それとも、結果はまだ出ていないけれども士気は高く、いい雰囲気で進めているのか、前者と後者の間には雲泥の差があります。

それなのに、達成できていないという表面だけを見て「もっとがんばれ」といった余計なプレッシャーをかけてしまうと、良い影響を与えるどころか、かえって部下たちのやる気をそいでしまう。 結果を出そうと意気込むほどに、ストレスは重く心にのしかかり、パフォーマンスの足をひっぱって、結果の達成を怪しくなります。

そうなるとプレッシャーは増すばかりで、負のスパイラルから逃れることができません。

結果から心へ ストレスからフローへ

この状況を打破してくれるのが「フロー理論」です。フローを中心に考えれば、ネガティブ・スパイラルを一気に逆回転、つまりポジティブ・スパイラルへと変化させることができます。カギとなるのは、心の状態です。 多くの人は、外的要因によって心が「揺らいで・とらわれて」います。良いことや悪いことに遭遇するたびに、心はゆらゆらと揺れ動き、プラスとマイナスの間を行ったり来たりします。

良いことばかり続いてくれれば、前向きな姿勢で仕事に臨めるのでしょうが、世の中そう甘くはないので、モチベーションが下がる出来事も起こります。今の時代、悪いことのほうが多いかもしれません。心がマイナスに傾いた状態では、元気がなくなり、パフォーマンスが下がってしまうのも当然です。

一方、「揺らがず・とらわれず」過ごしている人もいます。自分の心に気を配り、常に良い状態でいられるよう心がけている人です。このような人は、前日の出来事やその日の天気などに左右されることなく、いつも安定した気持ちで仕事に取り組んでいます。

プレッシャーを感じながら、気力を振り絞って「今日もがんばろう」と思うのではなく、「今日も良い心の状態でいこう」と念じるのです。「結果を出さなければ」という強迫観念にとらわれながら仕事をするのと、そのような焦りとは無縁の落ち着いた心で仕事に向き合うのと、どちらが最高のパフォーマンスにつながるかは言うまでもありません。

そんな、心を整えようとする習慣と、それを実現できる力を持っている人は、フローな時間、つまり生産的でとても集中した時間を多く持っています。外的要因に振り回されることも、ストレスに苛まれることもなく、望ましい結果と充実感の両方を手に入れることができます。

そうなればしめたもので、達成感や充実感は、その人のモチベーションをより一層高めてくれます。自然とパフォーマンスが上がり、結果も伴うことで、さらなる充実感が得られ、ますますやる気が出る、という好循環に持ちこむことがでます。

組織をフロー化する「社会力」と「コーチ力」

フローの魅力と影響力は、個人の問題にとどまりません。組織全体をフロー化することができれば、その企業は活気づき、社員も希望にあふれ、いきいきと働くようになるでしょう。もちろん、必然的に業績も良くります。 フローをもたらす能力は、大きく分けてふたつあります。自分自身をフローに導く「社会力」と、周りの人をフローに導く「コーチ力」です。

このコーチ力は、ビジネスでよく用いられる「コーチング」とは異なります。コーチングは目標達成のためのコミュニケーション技術ですが、コーチ力とはもっと普遍的な、人間の心理に沿った生き方・接し方ができる能力、いわば「人間力」です。生き方の選択と言っても良いかもしれません。

よって、一人ひとりの特性を見抜いて、タイプに応じたアドバイスをしたり、褒め言葉を言ったりする必要はありません。人のフローを阻害しないために、何をして、何をしてはいけないのかという共通のポイントさえ知っていれば良いのです。

最初は数人で構いわない。まずフローな人材が生まれ、フローな状態で周囲と接していく。すると周りも元気になり、フローになっていく。そうして、だんだんフローが伝播していきます。組織のフロー人口が全体の3割くらいになれば、あとはチームワークです。ダイバーシティなどと強調しなくても、自然とそれが起こる。今、組織に最も求められているのは、フローをもたらす人材や能力です。

社員がフローになるよう全力でサポートし、才能・モチベーション創造性を最大限に引き出し、議論の場を提供し、イノベーションを引き起こすことがこれからの経営の大きな課題になっています。

参考文献:「フローカンパニー」(辻秀一 / ビジネス社)

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