優れた戦略とは

1994年頃のアメリカにおいて、WWWは研究者や一部の科学者だけでなく、一般の人々にも徐々に知られ始めていました。けれども、当時はまだ誰も、eコマース(インターネットを利用した商取引)が秘めている、とてつもなく大きな可能性に言及する人はいませんでした。

そんな中、このビジネスチャンスにいち早く注目したのが、Amazonの創業者 ジェフ・ベゾス氏でした。彼は WWWの利用率が前年と比べて2300%も増加していることに気づいたのです。 そうして彼が始めた事業には、優れたストーリーがありました。ユニークな購買経験を顧客に提供することで人気サイトとなり、多くの出版社やメーカーを引きつける。

その結果、商品が多様になり、選ぶ楽しみが増えて、ますます顧客の購買経験が充実し、注文が増加するという好循環です。このストーリーが動くと、規模の経済(事業規模が大きくなるほど効率アップ)や範囲の経済(既存の経営資源を活かし、コストを抑えつつ事業を多角化)により低価格が実現するので、顧客にとってより一層魅力が増します。

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すべてはコンセプトから

企業経営において、ずばり大切なのは「ストーリーのある戦略」です。そして、筋の良いストーリーには独自のコンセプトが必要不可欠です。

スターバックスを例にとると、もしハワード・シュルツ氏の掲げたコンセプトが「高品質でおいしいコーヒーの提供」であったなら、今ほどの世界的成功は果たせていなかったに違いありません。

アマゾン・ドット・コム が世界最大のオンライン小売店にまで成長できたのも、創業者ジェフ・ベゾス氏の優れた発想があったからです。彼の戦略ストーリーの起点には、ユニークな顧客価値を捉えたコンセプトがありました。

戦略はストーリーのように

戦略をストーリーとして語るということは「競争の中でなぜ、他社にない価値を生み出せるのか」を説明することです。個別の要素が食い違うことなく連動し、事業を駆動して利益を生み出すのが「ストーリーのある戦略」です。

個々の打ち手は、いわば「静止画」のようなものです。それらが縦横に組み合わさってはじめて、戦略は「動画」になります。動画のレベルで、いかに他社との違いを演出できるかがポイントです。

これをサッカーの試合に例えてみましょう。どのポジションにどういう選手を配置するかは、戦略を構成する「点」です。そして、選手たちの繰り出すパスがどのようにつながってゴールへ向かうかは「線」だと言えます。

サッカーの戦略とは、そのチーム固有の「攻め方」「守り方」を意味しますが、つまるところそれらは、いくつもの線で構成された「流れ」や「動き」です。選手の配置や個々の能力、あるいはパスそのものではなく、それらを連動した「流れ」、そしてその結果浮かび上がってくる「動き」こそ戦略の実体なのです。

方法論の落とし穴

「コンセプトを動画で構想する」というと、つい「どのように」という方法論に傾きがちです。「顧客の囲い込み」「サービスの個別化」「顧客の組織化による継続的課金」など、よくあるアイデアはいずれも「どのように」を問題にしています。

それ自体が悪いわけではありませんが、方法論が先行すると、自分たちがどうやって儲けるかという勝手な妄想に終始する恐れがあります。「誰に」「何を」が抜け落ちていては、コンセプトは動画になりません。

顧客を組織化して囲い込むのであれば「そこまでの価値を認める顧客は誰か」「なぜ彼らを囲い込めるのか」「なぜ彼らが継続的にお金を払うのか」、これら一連の「なぜ」に対する答えを含んでいてこそ、リアリティのあるストーリーとなるのです。

「なぜ」は動きの中にある

実は、戦略ストーリーにとって「なぜ」は、一番大切な問いかけと言えるものです。「誰に」だけ、「何を」だけでは静止画ですが、「誰に」と「何を」をペアで考えるとコンセプトは動画になります。

「なぜ」についての因果論理は動きの中にあり、それがストーリーを動かす原動力になります。 顧客が商品(サービス)を認知し、反応し、購入を決断し、使用し、価値を認め、継続的に利用し、利用経験を蓄積し、さらに満足を大きくしていく。

そうした動きのあるイメージを思い浮かべ、実際にそのような動きが生まれるかを突き詰めていく中で「なぜ顧客がその商品に食いつくのか」「なぜその商品にお金を払うのか」「なぜ喜ぶのか」「なぜ喜びが持続するのか」など、いくつもの「なぜ」が見えてくることでしょう。

数値目標の設定は、ストーリーを実際に動かす上で必要ですが、数字だけではコンセプトになりえません。なぜなら、「誰に」「何を」「なぜ」に全く言及していないからです。コンセプトとはあくまでも、会社の外にいる顧客に提供する本質的な価値の定義であり、会社の中で達成すべき目標とは異なります。独自の価値を提供できた結果として、数字がついてくるのですから「数字より筋」であるべきです。

「eコマースで売上増」という誤解

1990年代後半、インターネットが爆発的に普及していくにつれ、eコマースも一挙に注目を集め、様々な企業が参入しました。それらの企業の多くは、従来の小売業態に対するeコマースの優位を、次のような側面に見出していました。

eコマースは閉店しない。24時間、365日開店している。インターネットを通じて世界中の人々と取引できる。品揃えを無限に広げられる。苦労して探し回らなくても、検索すれば簡単に欲しい商品を見つけられる。自宅から出ることなく、欲しいときにすぐ買える。店舗を構えないのでコストが下がり、低価格で提供できる。

要するに「品揃え豊富な自動販売機」を世界中にあまねく置くことができる、という発想でした。しかし、こうしたコンセプトで参入した企業のほとんどはあえなく挫折し、撤退の憂き目を見たのです。

一方、こうした安直な発想をごく初期段階から否定し、ユニークなコンセプトで独自の戦略ストーリーを構想した数少ない企業のひとつがアマゾンでした。ベゾス氏の頭の中には、起業の時点ですでに「本当にネットでないとできないことでなければ、やらない」という基本方針があったそうです。

アマゾンが創造したeコマースならではの価値

創業当初から、ベゾス氏は「他社と決定的に異なるのは、アマゾンのビジネスの中核はモノを売ることではない、人々の購買決断を助けることに本質がある」と断言しています。このコンセプトを受け、アマゾンは、レビューやレコメンデーションといったソフトの開発に膨大な投資を続けました。

考えてみれば、本やCDを売ること自体はそれまでの小売がやってきたことと変わりなく、巨大店舗ならば、ある程度までの品揃え拡張も可能です。しかし、顧客の購買履歴や検索・閲覧のパターンをもとに、個別化された「おすすめ」を表示して商品選びをサポートすることは「ネットでなければできないこと」なのです。

顧客の行動パターンの分析技術や、それに基づいてレコメンデーションを送る技術は着実に改良されていき、顧客が本やCDなどをみつけるのを助けるだけでなく、本のほうが読者を発見するのも助けるという、双方向的な関係が生まれました。これこそ、他社にはない「アマゾン独自の価値」であり、魅力です。

現実の店舗では、顧客が入ってくるたびに店内を走り回って棚や商品の配置をその顧客の好み通りに入れ替えることは、とうてい不可能でしょう。けれどもインターネットならば、それが実現できます。顧客に合わせてウェブページを丸ごとカスタマイズするというアマゾンの手法は、膨大な時間と資金、そしてもちろん、優れたコンセプトとストーリーのある戦略、それらすべての集大成だったのです。

参考文献:「ストーリーとしての競争戦略」( 楠木 建 著 / 東洋経済新報社 )

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