真の学力とは

京セラを創業した稲盛氏は人生・仕事の結果は、考え方×熱意×能力という方程式で表すことができると断言しています。 方程式にしたがって言えば、天賦の才がすぐれていても努力しようとしない人よりも天賦の素質が並でも必死で努力する人の方が圧倒的に大きな業績を上げられます。

能力が高く激しい情熱をもつ人であっても、もしその人が自己中心的で集団や個人に損をさせ自分だけの利益を図る哲学が反動的であったとしたら、他社や社会にも大きな損害を与えることになります。

「考え方」は「人格・理念」とも表現できるもので人生や事業の結果に重要で決定的な作用を及ぼすものです。正しい「考え方」を持つことはビジネス、生活上で非常に大切なことです。

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重要な非認知能力

人生を成功に導くうえで重要だと考えられている非認知能力のひとつは「自制心」です。 「マシュマロ実験」と呼ばれる有名な研究があります。コロンビア大学の心理学者であるミシェル教授は、当時勤務していたスタンフオード大学内の保育園で、186人の4歳児の自制心を次のような方法で計測しました。

まず、マシュマロを子供の机の1つ与えます。次に、大人が部屋に戻ってくるまで食べないで我慢できればマシュマロをもう1つ食べられますよ」とだけ伝え、大人は部屋を退出します(この時点で大人がいつ部屋に戻ってくるかは、子どもにはわかりません)。そして、部屋を出て15分後、大人が戻ってきます。

この結果、186人のうち3分の2は我慢できずにマシュマロを食べてしまっていました。残り約3分の1は15分間我慢して2つのマシュマロを手に入れることができました。

その後教授は、彼らの人生を追跡調査を行いました。その結果、彼らが高校生になった時かなりの差が生じていました。 我慢して2つのマシュ.マロを手に入れた子どもは、我慢できずに食べてしまった子どもよりも、大学進学適正試験のスコアがずっと高くなっていました。

やり抜く力

もうひとつの重要な非認知能力として挙げられるのが、「やり抜く力」です。ペンシルバニア大学の著名心理学者、ダックワース准教授が「成功を予測できる性質」として発表して以来注目を集め、GRIT(不屈の精神)とも呼び、「非常に遠い先にあるゴールに向けて、興味を失わず、努力し続けることができる気質」と定義しました。このやり抜く力は調査対象者に12問ほどの質問に答えてもらうことで簡単に数値化できます。

たとえば、
@ 陸軍士官学校の訓練に耐え抜くことができる候補生は誰か。
A英単語の全国スペリングコンテストで最終ラウンドまで残る子どもは誰か。
B貧困地域に配属された新米教師のうち、学年末にもつとも子どもの学力を上げることができるのは誰か。 それぞれまったく異なる状況で、求められる能力は一見バラバラのようにも思えます。

准教授は、「成功する人」を事前にかなり高い精度で予測することができました。さらに、才能とやり抜く力の間には相関関係がないことも明らかにしています。才能があっても「やり抜く力」がないがために、成功に至らない入が少なからずいたのです。「やり抜く力」が高い人は、いずれの状況でも成功する確率が高かったからです。

非認知能力を鍛える方法

最近では、非認知能力を鍛える手段として、部活動や課外活動にも注目が集まっています。たとえば、社会奉仕活動のように、高校生が高齢者にコンピュータの使い方を教えたり、教室で学んだことを地域社会で問題解決のために生かすような教育や、アウトドア活動なども有効であるといわれています。

非認知能力は成人後まで可鍛性のあるものも少なくないということがわかっています。重要な非認知能力のひとつとした「自制心」は、「筋肉」のように鍛えるとよいと言われています。筋肉を鍛える際、重要なことは継続と反復です。自制心も腹筋や腕立て伏せ等、何かを繰り返し継続的に行うことで向上します。

また、心理学の分野でも、「細かく計画を立て、記録し、達成度を自分で管理する」ことが有効であると多数の研究で報告されています。

かつて、「レコーデイングダイエット」なるものが流行したことがありました。このダイエット法で減量に成功する人が多かったのは、「日々摂取した食事とそのカロリーを継続的に記録し、体重を確認」する作業を通じて自制心が鍛えられたという面もあったのではないかと考えられます

もうひとつの重要な非認知能力である「やり抜く力」を伸ばすためには「心の持ちよう」が大切であるとスタンフォード大学の心理学者であるドゥエック教授は主張しています。

教授の研究によれば、「しなやかな心」、つまり「自分のもともとの能力は生まれつきのものではなくて、努力によって後天的に伸ばすことができる」ということを信じる子どもは、「やり抜く力」が強いことがわかっています。教授らの実験では、親や教師から定期的にそのようなメッセージを伝えられた子どもたちは、「しなやかな心」を手に入れ、「やり抜く力」が強くなり、その結果、成績も改善したことが明らかにされています。

逆に、「やり抜く力」を弱めるのは「ステレオタイプの脅威」といわれるものです。ある研究では「年齢とともに記憶力は低下する」という記事を読んだ人と読まなかった人だと、記事を読んだ人のほうが実際に記憶している単語量が少なかったことが示されています。

また、インドの実験では、農村の少年たちにカーストと呼ばれる社会的な身分を思い出させてからテストを受けさせた場合、そうしなかったときにくらべて、成績が悪かったことを示す実験もあります。 つまり、「年齢とともに記憶力は悪くなる」「社会的な身分が低いと成功できない」というステレオタイプを刷り込まれると、自分自身がそれに踏襲されてしまうのです。

しつけを受けた人は年収が高い

神戸大学の西村教授らは、「しつけ」という違った角度から研究を行いました。4つの基本的なモラル(ウソをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)をしつけの一環として親から教わった人は、それらをまったく教わらなかった人と比較すると、年収が86万円高いということを明らかにしています。なぜ、しつけを受けた人は年収が高いのでしょうか。

その理由については、山形大学の窪田准教授らの研究が参考になります。 すなわち、親が幼少期のしつけをきちんと行い、基本的なモラルを身につけさせることは、勤勉性という非認知能力を培うための重要なプロセスなのです。そして、このしつけによって育まれた勤勉性が、平均的な年収の差につながったのだと考えられました。しつけが子どもの勤勉性に因果効果を持つことを明らかにしました。

非認知能力を過小評価してはいけない

子を持つご両親の多くは、お子さんの学カテストの結果に一喜一憂しがちです。学力は点数や偏差値ではっきりと数字で表すことができ、変化もよくわり当然気になるものでしょう。

一方、非認知能力は数値化が難しいだけでなく、どれほど子どもの将来の成功にとって重要なものなのか、今まで十分に示されてきませんでした。この結果、きちんとしつけをすることよりも、テストで100点をとらせることのほうがに重点をおかれてきました。子を持つご両親の多くは、この非認知能力が子どもの成功に与える効果を過小評価しておらました。

最近、心理学や経済学の貢献によって非認知能力は数値化され、非認知能力への投資は、子どもの成功にとって非常に重要であることが多くの研究で示されています。 非認知能力は、人生のかなり長い期間にわたって、計り知れない価値を持ちます。子どもたちを助けてくれるであろう「非認知能力」を培う貴重な機会を学力を上げるために奪ってしまうことになりかねないからです。

現実に直面する試練は、多くの異なる特徴を合わせ持っています。だからこそ、IQでは測れない「忍耐強さ」や「自己抑制力」、「良心」が重要な役割を果たすのです。高いIQが必ずしも高次元の人生をもたらすわけではなく、一番重要なのは「こころの持ち方」のようです。幅広い潜在能力を創るのは、様々な要素の「組み合わせ」なのです。

参考文献:『学力の経済学』 (中室牧子著/ Discover社)

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