思考を鍛える

ビジネスに限らず日常生活では「分かりやすさ」すなわち、「具体化」が求められます。その思考と共に、抽象化はまとめることで応用が利くことで重要となります。

例えば、既存の製品やサービスに対しての顧客のクレームというのは、往々にして「◯◯の位置をずらして欲しい」とか「××を長くして欲しい」といった、よくも悪くも「現状あるものの改善」に相当する「具体的な要望」しか出てきません。

そこで革新的なイノベーションのためには「顧客の声は聞かない」という姿勢が必要になってきます。しかし、「顧客を無視する」こととは全く意味が異なります。2つの相違は「具体か抽象か」という視点の違いだったというわけです。要は時と場合によって、具体レベルに着目すべき場合と抽象レベルに着目すべき場合があるということです。

◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆

「理解の深い人」とは・・

ディープラーニングとは、「深い学習」という意味になる。人間の脳にある神経回路の構造をヒントに、それを何層もの多層構造にして再現した技術である。深い理解、深い学習とは何を意味するのだろうか。理解の深い人と理解の浅い人はどう違うのだろうか。

最新の脳科学の研究によると、深く理解するとは、新しい情報が頭の中にある多くの記憶と繋がることを意味する。人間の脳の思考とは、これまでのコンピュータのような論理演算をするものではなく、「パターン認識」で過去の類似した記憶を呼び出すものなのだ。

たとえば、囲碁や将棋の名人は、過去の名人たちの指した手を多数記憶しており、それをパターン認識で呼び出し、打つべき手を考える。目の前の盤面を、より多くの過去の情報とつなげることができるほど、より優れた手を思い浮かべることができる。

また、トヨタではすべてのホワイトカラー社員は、入社後まもなく課題を与えられ、上司の指導を受けて「A3報告書」と呼ばれる文書をつくりながら、課題をシステマチックに解決する教育を受ける。

「A3報告書」とは、A3用紙1枚の標準化されたフォーマットに記入してつくる文書だ。その際に上司は「こうしなさい」という指導はせずに「本当に問題はどこにあるのか?」、「それが真因なのか?」等の質問をし、部下に考えさせる。

単純にA3サイズの紙にまとめればそれでよいのではなく、ムダな記述を極限までそぎ落とし、本質的に重要なポイントだけに絞って紙1枚にまとめるのが重要である。これによって、ノウハウの伝達・共有のための思考がコンパクトに表現される。

読むと思わず、「なるほど、本質はそこだったのか」とか「すごいアイデアだな」とうならされるものだ。優れたA3報告書には、A3用紙1枚の中にものごとの本質が凝縮されている。

具体と抽象を自在に操る

問題は、ズームアウト思考を教える定型的な方法がなく、あくまでもコーチングという個別指導でしか伝授できないことだ。こうしたズームイン・ズームアウト思考は、AIの時代に生き残るためにますます重要になってくる。

企業戦略を考える際に、「鳥の目」の視点で、世界の経済や人口動態などの変化、次に業界や競争相手の動向を探り、戦略の糸口が見つける。次に、「虫の目」の視点では、実際に戦略を実行した場合に想定される障害や副作用とその対策を考える。

そして、「鳥の目」の視点に戻り、具体的な対策のマクロレベルのインパクトを練る。 こうして、自在に視点を変えて大局的視点と局所的視点を行ったり来たりすることによって、「実行可能かつ有効な戦略」を生み出していく。

ズームアウト思考だけでは、「アイデアはいいが、やってみたらうまくいかなかった」という机上の空論が生まれやすい。また、ズームイン思考だけでは、「実行可能だが、現状の延長線上の戦略」しか出てこない。

人間の脳は細かいことに飛びつくクセがあるので、このズームイン・ズームアウト思考が自然にできる人は極めて少なく、それができる人たちが、本当に「頭のいい人」と言われる。しかし、ズームイン・ズームアウト思考は、普通の人でも訓練の方法を工夫すれば高めることができる。

高度な思考とは

私たちは「高度な思考」とは、難しい専門的な知識を多く使うものと思い込んでいるが、専門的な思考と高度な思考は別物だ。多くの専門的なことを知っていても、それらの間の「つながり」が少なければ、浅い理解でしかない。

浅い理解しか使わない業務は、専門知識を必要としていても、どんどん自動化されていくだろう。ロボットや自動化がブルーカラーの仕事を奪っていくように、AIがホワイトカラーの仕事を奪う時代になりつつある。

「頭のいい人」とは・・・

理解するとは、「新しい情報を頭の中にあることがらと結びつけること」だと言われているが、私たちの頭の中にある記憶のほとんどは、具体的なことがらだ。だから複雑な状況を目にすると、脳は「本質的な構造や因果関係」より「具体的で細かいこと」に意識を奪われてしまう。

これは脳のクセで、抽象化したり、抽象的な概念を理解したりすることが苦手だ。数学や哲学は、ものごとの性質を抽象化した学問なので、多くの人たちにとって理解するのが難しい。しかし、抽象的な議論が得意な人の中には、それを具体的なものごとに対応させないで考える人たちもいる。そうした人たちの思考はいわゆる「机上の空論」となりやすい。

つまり、本当に「頭のいい人」とは、具体と抽象を自在に行き来できる人だ。複雑な現象を具体レベルで観察し、次に俯瞰して抽象レベルから見るというように、自在に視点の抽象度を上げ下げできるようになると、ものごとの本質を掴みとることができるだろう。

参考文献:『トヨタが一途に社員に叩き込む思考本質』 稲垣公夫 著/東洋経済onLine

 ◆ エッセーの目次へ戻る ◆ 
 ◆ トップページへ戻る ◆