物語力は人を動かす

 現在、私たちはかつてないほどの情報過多の時代を生きています。スマートフォンを手に取れば、瞬時に世界中の情報にアクセスできます。

一方で、企業は製品をいかにして、消費者の注目を集めるべきか苦心しています。このような環境下で、単に「良い製品」を作るだけでは、十分ではありません。

現代の消費者は、製品やサービスの背後にある「物語」を求めています。なぜその製品が作られたのか? どのような思いが込められているのか? 

それを使うことで自分の人生がどう変わるのか? 

 ビジネスに「物語」が必要な理由は類似した製品やサービスが溢れる市場において、独自の「物語」で強力な差別化要因となっているようです。

さらに、「物語」は消費者の感情に訴えかけ、ブランドとの強い絆を築くこともできます。

そして、印象的な「物語」は、消費者の記憶に長く残り、ブランド想起を促進します。こうした「物語」が、購買意思決定の重要な要因となっています。

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頭のいい人が「喩え」をうまく使う理由

このような方法を用いずとも、議論の場で効果的にフレーミングを使う方法がある。相手に質問をすればいいのだ。質問すれば、相手は頭のなかで自動的に答えを出す。

ジョン・F・ケネディ元米国大統領は、あの有名な演説でこの手法を使った。 「国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何をなすべきかを問うてほしい」それに対し、「大きなお世話だ。何を問うかは自分で決める!」と言った人はいなかった。

これは、よく考えてみるとすごいことだ。人々は何の疑いもなく、「これはよく考えるに相応しい質問だ」という前提を受け入れたのである。

フレーミングは喩えという形で用いられることが多い。政治の場合なら、生活保護は貧困層を守る「セーフティーネット」と見なされる。しかし、働けるのにそうしない者を甘やかす「怠惰なハンモック」と見なされたりもする。

かたや、インクジェットプリンターの販売員もセールストークでしきりに次のような喩えを使いたがる。「お客様がご覧になっているモデルは、インクジェットプリンターのロールス・ロイスです」一見、もっともらしく聞こえるが、実際には何の意味もない。

そのプリンターが本当は「安物の車」に近いと証明するのは難しいからだ。

また、有名なシャンプーのブランドがこうしたアイデアをキャチコピーに採用している。

「あなたには、その価値があるから」。このコピーは「私にはその価値があるだろうか? もちろん、あるに決まってるさ!」という消費者の自問自答を誘導している。

消費者はこの問いに気をとられることで、「そのシャンプーには、競合製品より高いお金を払う価値があるか?」と自問するのを忘れてしまう。フレーミングによって、焦点がシャンプーから消費者自身に置き換えられたためだ。

言葉には、もともと比喩的な性質がある。そのため、喩えを使ったフレーミングの可能性は無限だ。私たちは、「穴があったら入りたい」と口では言っても、本当に穴に入るわけではない。

オランダ語では困った状態のことを「つけ汁のなかに座っている」と言ったりするし、英語にも「青い恐怖のなかにいる」という表現があるが、もちろんこれらも比喩だ。

実際にこういう表現を使う。それをふまえたうえで、うまくフレーミングを使っているのだ。

「物語」で5800倍高くなった古い腕時計

2015年1月、アリゾナ州フェニックス。ザック・ノリスという男性が、ある骨董屋で、程度のいい古い腕時計を見つけた。値段は5.99ドル。だが、腕時計に詳しいノリスは、これがヴィンテージのジャガー・ルクルト・ディープシー・アラーム(手づくりの機械式スイス製ダイビングウォッチ、中古でも約2万5000ドルする)だと気づく。もちろん、迷わず購入した。

それから面白いことが起きる。腕時計ファンが集うオンラインの掲示板でノリスがこの物語を紹介したところ、大きな話題になった。

この物語のおかげで、コレクターたちはノリスの腕時計に強い興味を持ったのだ。最終的にノリスはその時計をとてもいい条件で売った。

なんと3万5000ドル。しかも憧れの腕時計であるオメガのスピードマスター付き。 オメガのモデルにも、実に魅力的な特別なエピソードがある。月面着陸に初めて成功した宇宙飛行士たちが身につけていたものと同じモデルなのだ。

オフィスで使う腕時計は、宇宙でも使えるもののほうが素敵ということだろうか?

 誰かが破格の値段で購入したというだけで、突然その腕時計の本当の価値は上がるものなのだろうか? つまり、こうした腕時計を巡る狂騒曲は常軌を逸しているのではないだろうか?

そんなことはない。それは、「印象に残る物語」というハウスフライ効果なのである。

物語の魅力でガラクタさえも売れる

他にもオークションサイト「eBey」で行われた、物語に関する面白い実験がある。ジャーナリストのロブ・ウォーカーは、フリーマーケットで集めた平均価格1.25ドルのガラクタに魅力的な物語をつけることで、価値が上がるのかどうかを実験した。

プロの作家に頼み、それぞれの品につくり話を書いてもらったところ、劇的な効果が見られた。

たとえば0.99ドルのプラスチック製の馬の頭が、印象的な物語をつけたおかげで、62.95ドルで売れた。 仕入れの合計が197ドルだったガラクタが、総額8000ドルで売れたのだ。

物語の力で人類は進歩した

物語はモノを魅力的にする。この効果は観光客を引きつける道端のアトラクションにも言えることができる。

筆者のティムは米国のフロリダ州を旅行したとき、異様な雰囲気のあるベートーヴェンの巨大な胸像や、前世紀中頃までは州のなかでも屈指の高さを誇っていた木、トーマス・エジソンが一度も泳がなかったプールなどを見に行った。

ラスベガスに行く途中では、世界一巨大な体温計の脇を通らずにはいられなかった。 何の変哲もない場所でも、そこにちなんだ物語があれば、遠くからでも人々を引きつける。

人間は、生まれつき物語を通して物事を理解するようにできているからだ。 人類が文明を築いたのは、物語の力があったからだという科学者もいる。

人類は物語を語ることを覚えた頃から、効率的に行動し始めた。伝説、神話、英雄物語、人々はこうした虚構の物語の力を借りたからこそ、大きな集団で協力できるようになり、素晴らしい進歩を遂げ繁栄したと言えるだろう。

 参考文献:『勘違いが人を動かす』 エバア・ファン・ブルック&ティム・デ  ン・ハイヤー著 ダイヤモンド社    

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