論理的に思考する力を・・

近年、「哲学対話」と呼ばれる活動の輪が広がりつつあります。哲学対話に専門的な知識は必要ありません。

数人~十数人が車座になり、互いに向き合って一緒に問い、語り合い、考えを深めます。学校やマンションのコミュニティ、農村での会合、地域の子育てサークル、婚活パーティとさまざまな場所で、哲学対話はおこなわれています。

いずれの場所でも皆さん生き生きと頭をひねり、活動しています。 ただの井戸端会議じゃないか、と思われかもしれません。

しかし、ソクラテスも孔子も、弟子や仲間たちと対話する中で思索を深めました。哲学対話は哲学の原点ともいえる試みです。かっては、「存在とは何か?」と言うようなテーマでしたので、哲学は「小難しく」、「変人がやっている」などのイメージがありました。

しかし昨今、この哲学対話を導入することにより学校のいじめが減り、職場の人間関係がよくなるなど、意外な効果が表れています。

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哲学対話の手法

    「問い、考え、語ること」。特に「問う」ことは哲学の肝です。 まず参加者から問いを募り、何を問うべきか投票をおこないます。私たちは、幼いころから問うことの難しい社会に生きています。

社会人になっても同様です。会議中にわからない単語が出てきても気軽に聞けないでしょう。

そのわりに、「A+Bの解を求めろ」「プロジェクトを進めろ」と私たちは外部からの問いに頭を悩ませているばかりです。

「この仕事に意味はあるのか」と思っても、その問いを自分も含めだれも受け止めてくれません。だからこそ、哲学対話では何を問うのかを大切にします。

「他愛のないこと」をテーマに

効果的な事例として、ある中学校のクラスで「いじめとは何か」をテーマにしました。しかし、生徒たちのあいだでいじめが起きていたら、当事者にとって非常につらい時間になる可能性がありましたが、生徒にとって問うべき重要な話題だったのです。

「なぜいじめられている人を見て笑うのか」という問いに、答は「みんな面白いから笑っていたわけではない」ことが明らかになりました。

ほかの人が笑っていたのでついつい同調してしまい、本当はよくないと思っていたようでした。

その日以来、教室からはいじめを笑う声も消え、「そういうことするのやめなよ」という人も現れだしました。そのうち自然といじめはなくなっていったそうです。 次に、ビジネスの現場で哲学対話を取り入れた例です。一番盛り上がったテーマは「好きなご飯のおとも」だったそうです。

職場ではこのような他愛のないことについて話し合ってみるのもおすすめです。梅干しが好物な人と、明太子が大好きな人に優劣はありません。誰もが、気負わずに話せるようになります。

好きなご飯のおともについて真剣に話し合う経験はほとんどの人にありませんでしたので、社員たちは目を輝かせて対話を楽しんだそうです。

対話がきっかけで、社員同士が仕事以外のことでも普段から会話をするようになり、職場の風通しもよくなりました。話し合いに慣れたため、会議でも積極的に発言する人が増え、アイデアが飛び交うようになったそうです。

部長から見ても、定期的に部下を呼んで面接をするより、哲学対話をすることではるかに部下の人となりが理解できるようになったそうです。

7つのルール

哲学対話はディベートや討論と違い、次の7つのルールに基づいておこないます。

1) 何をいってもいい
これが一番の鉄則です。私たちは日ごろ、あの人に悪いから反対しないでおこうとか、空気の読めない人間だと思われたくないなど、さまざまな気遣いをしています。

「何をいってもいい」場であることを確認することにより、余計な配慮をしなくていいと安心感を得ることができます。

2.) 人を否定したり茶化したりしない
仲がよくて何でもいえるようでも、否定されて「それは違うよ」、「バカじゃないの?」といわれたら、発言を躊躇するようになるでしょう。

3) 発言せず、ただ聞いているだけでもいい
話さない自由があってはじめて、何でも話す自由が保証されます。何もいわなくていいからこそ、何をいってもいいことが守られます。不思議なことに、ずっと発言していた人よりも、聞き続けていた人のほうが、終わったあとにいい感想をいうことも多いようです。

4) お互いに問いかけることが大切
私たちは質問をすることにも、されることにも慣れていません。

「どうして仕事が終わっていないんだ?」「なぜ宿題してないの?」と叱られているので、質問=責められること、と認識している人も多くいます。

哲学対話とは「どういうこと?」「なぜ?」「どうして?」と積極的に質問する場であることを確認し、安心してお互いに問いかけられるように努めて、はじめて一緒に考えを深めていけるのだと思います。

5) 知識の披露ではなく、自分の経験に即して話す
知識を基準に話をすると、知識がある人だけが、発言権をもつことになります。すると、だれかが話し、だれかが聞くという一方通行の場になってしまいます。

哲学対話では、知識があるように背伸びをし、卑屈になる必要はありません。

自分の経験から話をすることで、年齢や性別にかかわらず、対等に話をすることが大切です。似た者同士よりも、多様性が高い哲学対話ほど、さまざまな経験に基づいた疑問や発言が出てきますので自然に面白くなり、対話が深まります。

6) 話がまとまらなくても、意見が変化してもいい
普通の会議では、話がまとまらなければ失敗だとみなされます。

ですが、哲学対話は何かを決めるものではないので、話をまとめる必要はありません。決まったことをひっくり返そうとしてもかまいません。 また、周囲の話を聞くうちに意見が変わり、全く正反対のことをいってもいいのです。

7)わからなくなってもいい
哲学対話をしていると、さまざまな問いが頭をかけめぐるので、「わからなくなりました」という人も多いです。でも、それは哲学対話にとっては大成功です。

哲学の問いは答えのないほうが普通であり、わからなくなることは、理解が深まった証拠でもあるからです。

時々、沈黙が生まれることもありますが、静かに黙っている時間も大切です。知識を披露する人が出てきたら、「もう少し自分の体験から話してもらってもいいですか」と話しの方向を変えます。

集団会話で自身の哲学を探る

立場の違う他人と話し合うことで、あなたの考えは深くなっていきます。

理路整然としたものではなく、荒々しいものかもしれません。

でも、自分の問いを自分の言葉で考えを語れれば、それがあなた自身の「哲学」になります。哲学対話は、あなた自身の言葉で問いを立てることを大切にします。

 参考文献:『毎日が面白くなる哲学入門』 PRESIDENT 2016/12/5号    

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